第70回 ラグビーで生じる重篤な外傷その1—頸髄損傷—

ラグビーワールドカップで日本の快進撃が続き盛り上がっている今日この頃ですが今回はラグビーでのスポーツ外傷、とりわけ重症度の高い頸髄損傷、脳震盪について2回に分けてお話しします。頸髄損傷は日本では水泳飛び込み、体操についでラグビーが多く発症しています。ラグビーではタックルやスクラムで頭から当たった際に頚椎に屈曲、回旋方向に強い力が加わると骨折や脱臼を生じて頸髄損傷を生じることがあります。スクラムでは1列目の左右のプロップ、2列目のフランカーに多く発症するそうですが、最近ではスクラムでの頸髄損傷は30%減少し、ラック(ボールを持って倒れたところにボールを奪い合う密集プレー)による頸髄損傷が若干増加しています。頸髄損傷は損傷する高位(頚椎の何番めが損傷されるか)で上下肢の麻痺のレベルが変わってきます。頸髄損傷を疑え(手足が動かない場合)ば、グランドに担架と頚椎固定装具で固定して救急車で病院に搬送されます。バイタルサイン(体温、血圧、脈拍、呼吸、意識)をチェック後、脊椎外科医による画像診断、神経学的診断ののち手術適応を決定し早期手術、早期リハビリテーションを行います。上位の損傷ほどより中枢から動かず、呼吸筋の麻痺が生じると人工呼吸器や気管切開といった処置も必要となります(呼吸器離脱は呼吸リハビリをおこなうことで可能ですができる施設は限られています)ので、ラグビー協会も予防に力を入れています。ラグビー選手の頚部周囲筋が太く逞しく頚部に重りをつけて鍛えるのは予防の一貫でもあります。特にタックルするときの頭の位置はヘッドアップしておくこと、頭と肩は腰よりも上にすること非常に重要です。ラックの際は顔面と胸を地面につけるChin in ポジションも危険回避には有用です。一旦麻痺が生じると回復する場合と回復しない場合がありますが特に急性期に肛門の感覚が残っていることは予後の指標とされます。肉体と肉体がぶつかり合う一種の格闘技ですが、英国発祥の紳士のスポーツと言われていますので、どんなに屈強な選手でも一歩間違えれば頸髄損傷の危険性と隣り合わせにあるということも知っておいていただければ幸いです。しかしながらラグビーの試合を安心して見ることができるのは一流の選手ほど基本がしっかりしており、鍛錬の賜物であるとも言えるので今後の試合もしっかり応援しましょう。

この記事を書いた人

とよた整形外科クリニック 理事長

豊田 耕一郎

山口大学医学部、山口大学大学院卒業後山口大学医学部附属病院、国立浜田医療センター、小野田市立病院、山口大学医学部助教、講師を経て山口県立総合医療センターで脊椎手術、リハビリ部長を兼任後、2012年4月からとよた整形外科クリニックを開院。
専門性を生かした腰痛、肩こりの診断、ブロック治療、理学療法士による運動療法、手術適応の判断を迅速に行うことをモットーとし、骨粗鬆症、エコーによる診断、運動器全般の治療に取り組んでいます。