6/14第104回山口県医学総会が山陽小野田市文化会館で開催され参加しました。昨年山口市医師会担当でしたので医師会担当の先生は準備にお忙しかったと思います。藤村小野田医師会長、加藤山口県医師会長のご挨拶のあと、特別講演として大阪大学忽那教授(山口大学ご出身)の「感染症の歴史と新興再興感染症」がありました。中世ペストは黒死病と言われ当時抗生剤がないため感染症が死に至る病とされました。検疫が始まり隔離が始まったのもペストの影響とのことでした。マラリアも原虫を蚊が媒介することが原因と判明する前は悪い空気が原因と言われていたそうです。19世紀のコレラ感染対策から感染疫学が始まったそうです。19世紀のゼンメルワイツの教訓から手指衛生の概念が始まり、パスツールが病原体(微生物)を発見したことで近代医学の道を開きました。近代細菌学の祖とされるコッホの原則や結核菌の発見による抗生剤治療法が開発された歴史、日本で北里柴三郎が破傷風の培養、免疫療法を確立され弟子の志賀潔、秦佐八郎、野口英世が日本だけどなく感染症治療の祖であること、牛痘ワクチンを日本で開発した緒方洪庵など教えて頂きました。インフルエンザ、スペイン風邪などからマスクの着用の重要性が認識されました。抗生剤の発展や多剤併用による耐性菌の問題、ハンセン病(らい菌)患者の(不必要な)隔離による弊害、HIVエイズ、Covid19コロナ感染などの誤った認識による差別などの問題、最近の話題である新興再興感染症など幅広く教えて頂き勉強になりました。
次いで山口大学救急医学講座の鶴田教授の「救急の日本史」がありました。最初に心臓疾患のある方で心停止の際ボタンを押さないで自動感知してくれるオートショックAEDについて、アナフィラキシー症状に対する第一選択はアドレナリン筋注であることを教えて頂きました。先生の豊富なご経験から救急とは何か?を考えさせられました。江戸時代は救急医療は漢方医、出産は産婆が担っていました。江戸時代の応急手当の本、救急蘇生法の解説本など出版されています。幕末に私塾が全国に設立され西洋医学が注目されて療養所と言われていました。明治時代に西洋医学が導入されて病院という用語も生まれ日本赤十字病院も設立されました。赤十字病院は災害医療の拠点であり、救急法、家庭看護など講習会も市民に教えて普及に努めたとのことです。1930年代勤務医が36%、開業医が64%でしたが民間病院が増加したそうです。昭和23年に警察から消防が独立し昭和38年に救急業務が法制化され、救急告示医療機関に交通事故のみ受け入れていたそうです。救急車の導入は山口県では下関市が最初であるとのことでした。1965年に救急医療体制を見直しを提案され1967年に救急医療センターが山口県では岩国医療センターが最初だそうです。昭和40年から休日夜間医療を開業医が担うようになり1987年から1から3次救急治療体制が確立されたとのことで大変勉強になりました。


