第53回 骨粗鬆症治療薬を飲むと顎の骨が腐る?の真相と誤解

骨粗鬆症治療薬には骨からカルシウムが出ていくのを防ぐ骨吸収抑制剤と骨を作る骨形成促進剤がありますが、骨吸収抑制剤であるイバンドロン酸ナトリウム水和物がよく使用されています。この薬を内服されている患者さんが時々この薬を飲むと顎の骨が溶けると聞いたのですが、本当でしょうか?と言われたり、この薬を飲んでいると虫歯の治療ができないので止めるように歯科の先生に言われました、というお話を聞くことがあります。この話の真相は、2003年にイバンドロン酸ナトリウム水和物による顎骨壊死の報告が初めて報告されたことにさかのぼります。この報告は実際は悪性腫瘍の患者さんに高用量のイバンドロン酸ナトリウム水和物の注射薬が投与されたもので骨粗鬆症の治療薬のイバンドロン酸ナトリウム水和物ではありませんでした。しかし2004年に骨粗鬆症治療薬のイバンドロン酸ナトリウム水和物投与中で難治性骨髄炎(虫歯から顎の骨に炎症が波及した疾患)の報告があり、以後イバンドロン酸ナトリウム水和物関連骨壊死(いわゆる骨が壊死する=腐る、頭文字をとってBRONJ:ブロンジェと呼びます)という名称で医科歯科の間に浸透していきました。

また骨吸収抑制剤にはデノスマブという注射薬での発生もあることから、骨吸収阻害剤関連顎骨壊死(ARONJ:アロンジェ)とも言われています。2017年に報告された論文では日本での発生率は10万人年対40とされ、骨粗鬆症を主に治療する整形外科医師と実際に虫歯の治療をする歯科医師にとって悩ましい問題とされてきました。しかしながらこれらの報告はいずれも後ろ向き研究(過去にさかのぼって発生率を調べた研究)であり、2004年にドイツでの前向き研究では発生率は10万人対1以下という結果で、日本の骨粗鬆症至適療法研究会での大規模調査でもイバンドロン酸ナトリウム水和物を投与後2年間で顎骨壊死の確定診断は認められず、むしろ歯周病の改善効果を有する可能性があるという報告が昨年の日本骨粗鬆症学会でなされました。

また骨粗鬆症至適療法研究会でのアンケート調査ではイバンドロン酸ナトリウム水和物を休薬せずに抜歯した206例中53%あったが抜歯後顎骨壊死が発生した例はなかったとの結果でした。2015年骨粗鬆症の予防と治療ガイドラインでは、イバンドロン酸ナトリウム水和物服薬が3年未満で危険因子(飲酒、喫煙、糖尿病、ステロイド治療、肥満、抗がん剤治療、口腔内衛生状態不良)がない場合には原則として休薬は必要ないが、服薬3年以上か3年未満でも危険因子がある場合には、休薬による骨折リスクの上昇、侵襲的歯科治療の重要性、休薬せずに侵襲的歯科治療を行なった場合の顎骨壊死の発生リスク(10万人中0.85人、0.01~0.02%)について医師と歯科医師が事前に話し合って方針を決める、とされ休薬の期間は3ヶ月を推奨されています。この休薬期間が3ヶ月という言葉が一人歩きして、イバンドロン酸ナトリウム水和物を内服していると虫歯になっても3ヶ月は治療できない、あるいは虫歯が治りにくいのはイバンドロン酸ナトリウム水和物のせい、と歯科医師から患者さんが言われる、歯科医師との連携不足などが原因で誤解が生じたためと考えられます。

双方の誤解を解くべく、日本でも呉市や遠賀郡で医師会と歯科医師会が勉強会を開き、地方自治体を巻き込んで連携する仕組みづくりをされている地域があるので大いに見習う必要があります。顎骨壊死を恐れたために、骨粗鬆症治療が遅れて骨折を生じてしまうことを避けるべく、医師と歯科医師がお互い連携する必要があります。当院でも骨粗鬆症治療を行なっている患者さんには歯科への定期検診をお勧めして、歯科への紹介状も積極的に書くことで連携を取るようにしています。歯周病予防は生活習慣病予防に関しても非常に有用であり、イバンドロン酸ナトリウム水和物を内服していても歯の定期検診を行なって歯周病、虫歯の予防をしていれば怖がる必要はないことを強調したいと思います。

参考文献
骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版
骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会(HPよりダウンロード可能)

この記事を書いた人

とよた整形外科クリニック 理事長

豊田 耕一郎

山口大学医学部、山口大学大学院卒業後山口大学医学部附属病院、国立浜田医療センター、小野田市立病院、山口大学医学部助教、講師を経て山口県立総合医療センターで脊椎手術、リハビリ部長を兼任後、2012年4月からとよた整形外科クリニックを開院。
専門性を生かした腰痛、肩こりの診断、ブロック治療、理学療法士による運動療法、手術適応の判断を迅速に行うことをモットーとし、骨粗鬆症、エコーによる診断、運動器全般の治療に取り組んでいます。